
翌年96年、ヒップホップクラシック「人間発電所」12インチをリリース。シーンに絶大な衝撃をあたえる。BUDDHA BRANDにおける全てのプロデュース・ワークはD.Lが担い、その斬新なサンプリングセンスから数々のクラシックを量産してきた。2000年にベストアルバムを発売し、金字塔を打ち立てる。(当時にしてはコアな内容で、トータルセールス20万枚近い実績を残す)
ヒップホップにおける彼の才能はとどまるところを知らず、数々のアーティストに楽曲提供をする傍ら、自主の全てのジャケット、ブックレット等のデザインもこなし、又、フライヤーからT-SHIRTSのデザインまで、様々な分野でその光を放ってきた。
98年は自身のレーベル「EL DORADO RECORDS」を立ち上げ、アーティストの育成、運営、などもこなしてきた。ヒップホップ界の主人公として、時には黒幕(フィクサー)として常に黒船でありつづけて、異端に光り日本のシーンを動かし続けている。
