
このような変化があったが、Sieglingは常にフロントマンであり、DJでもLiveセットでも以前と変わらないパフォーマンスを披露している。
パリ生まれのCharlesはDepeche Mode、Jimi Hendrix、Legendary Pink Dots、Einstuerzende Neubautenなど様々なジャンルを聞いて育った。音楽好きであった父親の影響で、イギリスの初期レイヴシーンにも触れていた。学生になってからパリのクラブに通い始め、Derrick May、Robert Owenなどを好み、Laurent GarnierやDJ Deepがラジオで書けたトラックをメモしてますます没頭していくこととなった。
90年半ばに映画について専攻していたSieglingは香港の映画シーンをチェックするべく現地へいった。そこでAmil Khanに友人を介して出会い、同じエレクトロニック・ミュージック好きであることが判明しTechnasiaが生まれた。彼らはTechnasia自体、そしてレーベルSinoを香港ベースにすることに決めた。香港にはまだシーンがなく、レコードショップもアングラカルチャーも何もなかった。それはまさしく挑戦であったが、コミュニケーションとしての音楽に対するTechnasia精神を体現するものであった。Sieglingは「言語は究極の壁だ」と断言している。故に、彼はどこへ行っても可能な限り言語を習得するようつとめ、今や中国語、広東語、イタリア語、スペイン語を話すのだが、最終的には音楽によるコミュニケーションを選んだ。「エレクトロニック・ミュージックはどの言語よりも素晴らしい。言葉がいらず、ただヴァイブス、感情、ビートだけでいい。」
Charlesは文化の壁を乗り越えてオーディエンスを捉えるような音楽づくりに情熱を注いでいる。Technasiaがプレイしてきた国を見れば、それが成功しているのがはっきりを分かる――中国、コロンビア、チェコをはじめとし大陸を飛び回っている。国は違うが彼らはみな"Force", "Oxide" "Evergreen"といったクラシックアンセムを知っているのだ。DJのときはカッティングやスクラッチ、ライヴではキーボードもパーカッションも一人で演奏し、時にはマイクを握る。「オーディエンスには楽しんでもらいたいんだ。居眠りしたりバーにビール買いにいったりしないでね。」
そのTechnasiaのパフォーマンスについてはアルバム『Future Mix』『Popsoda』を聞けば分かる。そしてSinoレーベルからJoris Voorn,Renato Cohen、Steve Rachmad、プロデューサーDosemをはじめとする多くの若手を発掘してきている。何を持ってSinoにふさわしいか彼は完全に把握していて、直観的に行動をしている。
2010年、ソロとなってはじめての作品であり3枚目のアルバム『Central』を発表し、洗練されたテクノを披露した。その後プロモーションで世界を回り、Marc RomboyやMauro PicottoなどにRemixを手掛けてもらい話題となった。
ソロとなり今まで以上に精力的に世界を飛び回り活動しているそんなTechnasiaからはますます目が離せない。
http://www.technasia.com
http://www.myspace.com/technasia
