08.09 (Fri)
南 こうせつ(みなみ こうせつ、本名:南 高節、1949年2月13日 - )は、大分県大分市(旧:大分郡竹中村)出身のフォークシンガー・元かぐや姫のリーダー。かぐや姫時代に『神田川』が大ヒットし、続けて『赤ちょうちん』『妹』がヒット。解散後も『夢一夜』『夏の少女』などのヒット曲を生んでいる。ベリーファーム所属。現在、大分県杵築市在住。妻はエッセイストの南いくよ(南育代)。人物・概要*大分市(旧:大分郡竹中村)の曹洞宗勝光寺の生まれ。大分県立大分舞鶴高等学校卒業、明治学院大学社会学部中退。寺は次兄・光洋が継ぐ予定だったが早世し、現在は、東京でサラリーマンをしていた長兄・慧昭(えしょう)が定年退職後に跡を継ぎ、住職を務めている。その長兄は2006年に民教協のドキュメンタリー番組「生きる×2」(大分放送制作)で取り上げられた。なお、竹中と言う地名はかぐや姫の楽曲「ひとりきり」の歌詞にも出てくる(南が作詞を担当)。*1970年4月『最後の世界 / むなしいうた』でソロデビューする。同じ年10月「南高節とかぐや姫」としてベース奏者、大島三平らと『酔いどれかぐや姫』をリリースする。認知度を上げるため、所属事務所の指示で全日本歌謡選手権に出場、4週勝ち抜いたところで、その目的を果たしたということもあり、翌週以降の出演辞退を申し出た。その後山田パンダ、伊勢正三と新生かぐや姫を結成、かぐや姫解散後にソロ活動を開始した。全日本歌謡選手権は辞退ではなく、竹中労に「フォークをやるならこの番組に出るべきでない」と言われ、落選した。*1976年3月、日本武道館で、日本人アーティストとしては初めてのワンマン公演を開催する。同年5月には追加公演も行われた。*1980年代はオールナイトの野外コンサート『サマー・ピクニック』を毎年九州で中心となって開催し、多数の観客を集めた。*1983年6月には、フジテレビ系列「ミュージックフェア」にて、ジョン・デンバーとデュエットで「故郷へかえりたい」を歌った。その後2人は親交を深め、翌年琵琶湖で行われた「世界湖沼会議」の前夜祭にてジョンとともにライブを行った。また1990年には、ジョンとのデュエット作品『岩を砕く花のように』を発売している。*2009年9月には、こうせつの還暦記念として、つま恋でサマー・ピクニック・コンサートが行われ、約2万人の観客
ウィキペディアで続きを読む... More Biography
ウィキペディアで続きを読む... More Biography