
神戸出身のIsao SudoとTakashi Sudoからなる実の兄弟DJ/プロデューサーユニット、SUDO。80年代のパンクロックをルーツとし、共にバンド活動で音楽キャリアをスタートさせ、ロック、ジャズ、ニューウェーブ、クラッシックといった多ジャンルから多種多様な影響を受けるなか、90年代初頭にSven Väth、Underworldなどのレコードに出会ったことでダンスミュージックにのめり込んでゆく。当時テクノトランスと呼ばれていたそれらの音源は彼らに多大な衝撃を与え、これらの音楽を求め世界中のイベントを旅することとなる。また、当時関西エリアにはこういったイベントが殆どなく、複数のイベントを2人でオーガナイズしはじめる。なかでも98年に大阪・名村造船所跡で行われた"TELEKTONON"が成功を収めローカルシーンでも注目されることとなる。後にイベント名を"BLISSDOM"と改名し、関西、東海エリアにてシーンの拡大に貢献していく。Roland-JV1000の購入を機に音楽制作へとその活動を広げ、2011年にINDIGO名義でアルバムをリリース。韓国の名門クラブ"Volume"を単独で満員にしたり、ダンスミュージック販売サイトのKing Beatのトランス部門で1位を獲得するなど、音楽制作でも目覚ましい才能が開花するなか、同年にテクノの楽曲制作に特化したユニット、"SUDO"名義で活動をスタートさせる。SUDOのライブ活動の中でも特に注目を集めたのは、喜多郎、ブライアン・イーノ、ヴァンゲリスなどの世界的に著名なアーティストたちが演奏してきた天河大弁財天社での数々の奉納演奏に参加し、その経験が後にSUDOに音楽的にも多大な影響を与えることとなる。2012年にはロッテルダム、イビサ島、ベルリンなどの滞在をきっかけに、弟のIsao Sudoはその活動拠点をベルリンに移すこととなる。数年の昼夜を問わない音楽制作とパーティーでのデモ曲のプロモーション活動に明け暮れるなか、彼らの才能がDeep Dishとしても有名であり、テクノ最重要レーベルのひとつである"SCI+TEC"主宰のDUBFIREの目に留まる。15年6月には同レーベルから"MONOGRAM EP"のリリースが決定。これを機にイビサをはじめとした世界中のトップクラブでSUDOのサウンドがヘヴィープレイされるきっかけとなる。中でも”INVISIBLE SPACE”はヒット曲となり、DUBFIREは異例とも言える事態で1年以上に亘り自身のセットでプレイ。RICHIE HAWTINを始め数々のトップアーティストにサポートされる事となる。その後も、イタリアのDeeperfect Records, UKのNight Light RecordsやENTER.Ibiza 2015 CD、スペインのStick Recordings、Selected Recordsなどビッグレーベルからリリースが続き、リミックスのオファーをハンガリーのトップアーティストの一人であるGagaや、スペイン、バレンシアの老舗名門クラブである"Barraca"のオーナー兼プロデューサーであるRafa Silesから行われるなど世界中のレーベル、プロデューサーからリリース、コラボレーションの依頼が殺到。 ヨーロッパのみならず、北米・南米・アジア・オーストラリアからの多大な注目を浴びている。2015年には待望のライブデビューを果たし、11月にはDUBFIREと共にルーマニアに招聘されるなど日本人ライブアクトとして世界を舞台にした更なる活躍が期待されている現在最注目のアーティストである。
